上越市高田の武蔵野酒造は、7,000リットルのタンクで仕込む蔵だった。それを400リットルに替えた。同じ酒は1タンクで300本しかできない。その代わり、注文主と一緒に、味の方向から米、麹、酵母まで決めて造る。「オーダーメイド酒」と呼んでいる。いちばん多い注文主は、自分の田んぼの米で酒を造りたい農家だ。

蔵に並ぶ400リットルの小型タンク。手前に赤ワインの樽
400リットルのタンクが並ぶ仕込み蔵。1台ごとに冷却機を備え、季節を問わず仕込む(撮影: 蔵の一手編集部)

7,000リットルから400リットルへ

武蔵野酒造は1916年(大正5年)創業。銘柄「スキー正宗」は、日本のスキー発祥の地である高田の名を広めようという当時の市の呼びかけに応えて、1927年に「越山正宗」から改めたものだ。

新潟の蔵の多くがそうであるように、この蔵も大きなタンクで造り、地元の飲食店と酒屋に卸す商売だった。それが止まったのが2020年、コロナ禍だ。「うちの酒は一切動かない状態になりました」と荻原亮輔さんは振り返る。荻原さんは杜氏として造りを担い、営業も見る。

タンクを小さくしよう、と決めた。ただ小さくするだけではない。「同じものを大量に造るのであれば、言い方は悪いですが、大手さんとやっていることは同じです。同じことをやってもしょうがない」。それなら、こういう日本酒が欲しい、という声から造ろう。オーダーメイド酒は、そこから始まった。

ラベルではなく、中身から

蔵のオリジナル酒やプライベートブランドは珍しくない。ただ、その多くは既製の酒にラベルを貼り替えるものだ。武蔵野酒造のオーダーメイドは、中身の設計から始める。米の種類、麹、酵母、味の方向。全部を注文主と決める「完全フルオーダー」だと荻原さんは言う。同じやり方をしている蔵は、知る限り他に1社しかない。

とはいえ、注文主の多くは酒造りの細部までは分からない。だから、まず味の方向をざっくり決めてもらい、蔵のサンプルを飲み比べて「この方向ならどちらか」と確かめていく。そのうえで、この米でこう造るとこうなる、と蔵が提案する。

「発酵物なので、100%イメージどおりにはなりません。この組み合わせだとそちらには行きづらい、ということはお伝えします。それでもやってほしい、と言われればやります」。他の蔵の銘柄を挙げて「これと同じものを」と頼まれることもある。そのときは、試作はするが同じものはできない、と正直に伝える。

いちばん多いのは、農家

始めてみると、注文の中心は飲食店ではなかった。農家だった。自分が育てた米を、自分の酒にしたい。販売する人もいれば、地域のイベントのために造る人もいる。稲刈りが終わる10月ごろに注文が集まり、毎年頼む人もいる。注文主はほぼ新潟県内で、紹介と口コミで広がってきた。

1タンクは300本。造るのは純米大吟醸か大吟醸で、米は50%まで磨く。1タンク分でおよそ100万円、1本にすると3,000円あまりになる。「市場価格に直しても妥当な値段だと思っています。1本1万円、3万円という値付けをすれば、一般の方には手が出ませんから」。

蔵の壁に掲示された「雪と桜と蓮の蔵 日本酒ができるまで」の工程図
蔵の壁に掲げた工程図。改装した蔵を「雪と桜と蓮の蔵」と名付け、見学者にも工程が分かるようにした(撮影: 蔵の一手編集部)

赤ワインの樽で寝かせる

仕込み蔵の一角に、赤ワインの樽が2つ置かれている。フレンチレストランからの相談で生まれた酒だ。肉料理に合う日本酒を、と言われて教科書どおりに造ると、山廃のようなしっかりした酒になる。だが、日本酒に慣れていない客には少し飲みにくいことも。

そこで、使い終えた赤ワインの樽で日本酒を寝かせた。香りが立ち、色はほんのりピンクになる。「女性にも喜んでもらえる、肉に合わせやすい酒にしました」。オーダーメイドは、注文主の店の客の顔まで見て造る。

仕込み蔵に置かれた赤ワインの樽2つ。奥に小型タンク
赤ワインの使用済み樽。フレンチレストランの注文から生まれた、樽熟成の日本酒が眠る(撮影: 蔵の一手編集部)

一人で、年間を通して

この蔵の造りは、荻原さんが一人で担っている。だから、冬に集中する酒造りのピークを平らにし、年間を通して仕込む。週に1本。タンクは1台ごとに冷却機を備え、設定した温度で自走する。配管は天井から吊り、すべての設備を動かせるようにしてある。タンクの配置を変えたり増やしたりするときに困らないためだ。

「設備を入れることが重要なのではなくて、どれだけ使えるか、どれだけ掃除ができるか、です」。洗えないものは道具として使わない。米より微生物。「米で味が変わるのは、ごく一部の品種だけです。そこにどの微生物を、どう揃えてあげるか。それだけの話なんです」。

オーダーメイド酒は、少人数の蔵にとって手間のかかる商売だ。造る時間より、注文主と話す時間のほうが長いこともある。それでも荻原さんは、こう言う。「小ロットでも、付加価値を付けられるものを、と考えました。行き着いたのが、オーダーメイドでした」。

株式会社武蔵野酒造
新潟県上越市西城町4-7-46/創業1916年(大正5年)/代表銘柄「スキー正宗」
公式サイト: musashino-shuzo.com/オーダーメイド酒: musashino-shuzo.com/ordermade
※本記事は取材先の確認を経て公開しています。

編集後記
帰りぎわに、赤ワインの樽で寝かせた酒を1本いただいた。瓶を光にかざすと、たしかにほんのり赤い。日本酒の色ではない色を、日本酒の蔵で見た。(編集部)