1643年(寛永20年)創業の田中酒造は、新潟県で3番目に古い蔵だ。2023年、創業380年の記念式典を準備していたとき、帳面に一つの記載が残っていることに目が留まった。昭和48年製造の酒、20リットル。斗瓶に入れられ、蔵の中で50年、そのままになっていた酒だった。蔵はこれを「五十年古酒」として、38本だけ世に出した。
帳面の中の20リットル
田中酒造は上越市長浜、えちごトキめき鉄道の谷浜駅前にある。前は日本海、後ろは山。屋号の「能登屋」は、その昔、石川県まで酒を舟で運んでいたことに由来する。銘柄「能鷹」は昭和18年、屋号の「能」と、当時の店主の座右の銘「能ある鷹は爪を隠す」から名付けられた。
その蔵の帳面には、何十年も前から繰り越され続けてきた一行があった。「昭和48年製造、20リットル。あることは知っていたんです。ただ、なぜあるのかは分からない。私が入社して、まだ30年ですから」と馬場さんは言う。380年の記念のときに数えてみると、ちょうど50年が経っていた。「じゃあ、せっかくなので出そうか、と」。
斗瓶とは、一升瓶10本分が入る大きな瓶のことだ。この蔵では大吟醸を吊るし搾りにしたとき、滴り落ちる酒を斗瓶に取る。その作業は50年前も今も変わらない。だからこの酒は、当時の大吟醸を搾ったものだろう、というところまでは分かった。
50年で、酒はどう変わったか
置かれていたのは蔵の中の常温、直射日光の当たらない暗い場所だ。夏で高くても18度、冬は10度弱。火入れをしていない、搾ったままの生の酒だった。
製造当時の記録では、アルコール度数17.4度、日本酒度マイナス9の、少し甘めの酒。発売にあたって再び分析すると、15.2度、マイナス16。度数は下がり、さらに甘くなっていた。色はブランデーのような琥珀色。香りは紹興酒に近いが、口に含むと日本酒だと分かる。癖は強くない。「もうこれ以上は熟成が進まないと思います。ここまで色が付いてしまうと」。50年をかけて、この酒は完成形に達していた。
「普通酒」として出す
50年前の酒を売るには、確かめなければならないことがあった。当時の帳簿は残っておらず、使った米も、純米酒か醸造アルコールを加えた酒かも分からない。色が濃いため、酸度やアミノ酸度は一般的な分析ができない。測れたのはアルコール度数と日本酒度だけだった。
蔵は税務署と国税局に相談し、製造年から販売に問題がないことを確認したうえで、表示を「普通酒」とした。特定名称は一切付けていない。
能鷹「五十年古酒」
- 製造
- 昭和48年(1973年)
- 保管
- 斗瓶で蔵内に常温保管。火入れなし
- 瓶詰め
- 2024年3月。500ml・38本・シリアルナンバー入り
- アルコール度数
- 15度(製造時17.4度)
- 日本酒度
- -16(製造時-9)
- 区分
- 普通酒
- 価格
- 税込330,000円
※店頭の値札と取材時の説明より。日本酒度はマイナスが大きいほど甘口。
38本
20リットルという量から、瓶は500mlにした。澱を除いて詰めると、38本。1本ずつシリアルナンバーを付け、桐箱に納めた。価格は税込33万円。
最初に手を挙げたのは、蔵と縁のある人たちだった。1番のナンバーを求めた人は「俺が死んだら、葬式で飲んでくれ」と言ったという。新潟の日本酒専門店ぽんしゅ館は2本を仕入れ、おちょこ1杯5,000円で提供して完売した。1本は手が届かなくても、一杯なら飲んでみたい。そういう人が何人もいた。
残りは34本。予約も入り始め、問い合わせも届いている。
これから
50年前の酒を出した蔵は、次の古酒も仕込んでいる。380年の記念酒として造った純米大吟醸「公乃松(きみのまつ)」だ。創業当初の銘柄の名を借り、山田錦を38%まで磨いた。この山田錦は、冬に蔵人として造りに加わる専業農家が育てたもので、この冬からは、その中嶋さんが杜氏を務める。公乃松は少し多めに造り、いま4年ものの古酒になっている。
「磨きがいいものは、味が伸びると言われています。いい酒ができたときは、少し寝かせてみようかと思っています」。
馬場さんは入社30年。営業から始まり、42歳で新潟清酒学校に通い、いまは冬の造りにも入る。「50年前と造りは変わっていないと思います」。変わらない造りの蔵に、先人が残した一手が、380年目に姿を現した。
編集後記
瓶詰めのときに余った分を、少しだけ舐めさせてもらった。琥珀色の一滴は、これまで経験したことのない、芳醇で懐の深い味だった。興味のある方はぜひ試してみてほしい。(編集部)

